祖母のお葬式 – Grandmother’s funeral –

母が喪主を務めた祖母のお葬式は、時間のゆとりをもって執り行うことができました。

平成16年2月27日/午後2時半頃、祖母(83歳)の訃報連絡を埼玉県にいる母から受けました。福岡に居た私は、すぐに飛行機の手配をし実家へ向かいました。母から連絡を受けた後に、前職の同僚である中神氏に連絡をしエンバーミングの依頼をしました。

エンバーミングの処置を依頼した理由は、時間のゆとりが欲しかったからです。一般的なお葬式のように慌しく物事を決めて、段取りする方法を母に押し付けたくありませんでした。また、祖母の死因が最終的に「多臓器不全」であることから、腐敗の進行が予測されました。死後、10時間以内に処置を行うことが出来れば、一定期間における腐敗や腐臭の心配が無くなるからです。

祖母の処置は、午後6時から実施されました。私が埼玉の実家に到着したのが午後7時半頃。すでにエンバーミングの処置は終盤にさしかかっていました。処置が終わると、エンバーミング専用トラックから祖母を自宅にはこびました。

中神氏から「おばあちゃん、奇麗だよ」と声をかけられ、それを母に伝えると安心したような笑顔とうなずきを私に示してくれました。そして、祖母の好きだった着物を着せてもらい、いつも寝ていた部屋へ安置しました。

エンバーミングとは、殺菌・防腐・修復を目的としたご遺体の処置方法です。主に土葬を習慣とする国へ広がった技術です。私は国内での実務経験を経て、この技術の習得のためにアメリカで大学を卒業しています。国内におけるエンバーミングの有効性は時間経過とともに生じる腐敗の進行を遅速することにあります。従って、遠方の親族や友人・知人に対し、お骨になる前に会っていただく事が可能となります。また、印象に残る最後のお別れでは、奇麗な姿の状態で故人を送れるかによって遺族の心情が異なります。

エンバーミングの技術者として経験を持つ私は、全てにおいて凝縮された一般的なお葬式に疑問を持つ一方で、もっと自由に、もっと時間にゆとりを持てるお葬式が行えないものかと思っていました。

特に身内の場合、その思いが非常に強く表れました。結果的に今回のお葬式は、娘である母が後悔しないように時間にゆとりを持たせてあげたい、そんな想いからエンバーミングの内容を知ったうえで実施してもらいました。その過程で、母はどのような心境だったかはわかりません。しかし、病院生活が長かった祖母を見ながら「奇麗になったね」と喜んでくれました。

2月28日、知り合いの葬儀担当者が火葬場への日程等を決めてくれました。一般的な葬儀でも火葬場の日程が決め、逆算し葬儀・告別式そして通夜の日時が決まります。

今回の場合は、火葬場への日取りは、「急がなくていいんだよ」「送りたいときに決めればいいよ」と母に伝えました。また、母の心境によっては、その日に決める必要はないと思っていました。しかし、周りに気を使ってか、4日後(3月2日)に火葬することになりました。そして、お寺さんの手配やお棺、装飾等の打合せなどを済ませ、一通りの決め事を決めました。あとは、火葬までの時間をどのように過ごすかが重要なことでした。

母はロウソクの火やお線香の火を絶やさぬよう気にかけ、祖母の顔を覗いては何か話し掛けるような、介護をしている時と同じように映りました。また、近所の方々や趣味仲間など、それぞれの方々の都合に合わせて、弔問に来てくれました。そして、決まって言っていたのは「おばあちゃんの顔見て、きれいでしょう」と自身にも言い聞かせるようでした。私もその言葉を聞いて大変嬉しかったことを覚えています。

介護生活を知る友人達から労いの言葉や励ましの言葉をかけられ、母も一つひとつ大変だったことをふり返り、過去を確認するかのように会話を交わしていました。その様子は、祖母の死を受け入れようと努力しているかのようでした。

その時初めて、エンバーミングを提供する側にいた私から、提供される側に立っていたことに気づきました。想像すら出来なかった遺族側の思いを知ったような気がしました。弔問者との会話の中で母の発する一言一言が母自身を慰めているように思われたからです。

3月1日、火葬日前日にはお棺が届き、安置していた部屋に装飾などが施されました。いよいよお葬式らしくなってきましたが、母の様子は変わりなく、装飾の出来栄えにびっくりしていたくらいでした。

その日の夕方には、依頼した住職が読経を済ませてくれました。その後、担当者から火葬場への車の台数など、出棺日の段取りについて打合せをしましたが、母は話の輪に加わることはありませんでした。

夕食を終えて一息付いた頃に、父の号令により家族全員で「般若心経」を唱えました。

3月2日、午前10時45分頃に住職が自宅へお越しになり、祖母の人柄にちなんだ戒名をつけてくれました。母は少し涙ぐんでいたように思われます。住職の一言が母にとって癒しになっていることに気付く場面でした。改めてお寺さんの存在意義を体験したように思えます。

出棺前の最後のお別れでは、家族と親族合わせて「般若心経」を唱えました。さすがに母は涙が止まらなかった様子でした。

火葬が終わり、自宅で精進落しを済ませると、母がしみじみ時間にゆとりがあったこと、弔問にかけつけてくれた友人達とゆっくり話ができたこと、皆で「般若心経」を唱えられたこと、それでも短い時間の中で過ごした一つひとつの事柄に感謝してくれました。

そんな母を思い起こしながら帰路についた私は、人が亡くなった時の時間のゆとりが、どれほど人を心を癒してくれるのかを改めて体感することが出来ました。そして、エンバーミングの必要性を認識しました。(但し、エンバーミングが行えない環境にあっても、ご遺体の状態、環境、担当者の工夫次第で5日間くらいは保つことが出来ます)

一方、人それぞれに環境、故人との関係や歴史によって送り方(形式)は異なると思います。また、あまり時間がありすぎても煩わしさ(接客等で大変など)を感じてしまうかもしれません。しかし、身内である最愛の一人を亡くされたことを思えば、気持の整理を踏まえ、時間にゆとりを持ったお葬式を提唱しつづけたいと思います。

最後に、思う通りに祖母を送り出すことが出来た環境を作ってくれたエンバーマーに感謝します。

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