前職はポリスウーマン

前回のジェフさんに引き続き、今回はオーストラリア出身のエンバーマー…デブラの話。

彼女を一言で表現すると、オーストラリア人ならではの長身に加え、口が悪い、お喋り、気が強い、大ざっぱ…などなど表面的にはこんな風です。しかし、とても繊細で心優しい方でした。綺麗な方だったので、黙っていればモテたろうにと思うくらい。そして、前職が警察官というこもあり、正義感が強く、曲がったことが大嫌い、身体能力にも恵まれ力持ちで、その辺の男には負けないわよっといった雰囲気。そんな彼女から、ことあるごとに気にかけてくれて可愛がってもらいました。彼女との歳の差は10歳くらい。恐らく、こいつをどうにかしたろーと思ってくれたのかもしれません。または上司からのお達しがあったのか。なぜならば、エンバーミングを学ぶためにアメリカに語学留学していたのですが、トーフルの基準をクリアできずにいたため、一旦日本に引き揚げていたからです。職場で交わす会話が全て英語であることやエンバーミングの実体験を踏まえた生活は語学力の向上につながると信じ、会社にお願いした経緯があったからかもしれません。

そんなデブラとの仕事は、最初は嫌で嫌で仕方がありませんでした。とにかく早口でこちらが理解しているかどうかはお構いなし。マシンガンのように話しかけてくる口調。オーストラリア特有のなまりが余計にストレスになっていました。はじめは聞き取れないことの方が多かったので、聞きなおすとF-wordを用いて「さっき言ったじゃん」的なことを言われ、また強烈ななまりで解説。その度に「嫌なやつだ」と。しかし、人間の適応能力とは素晴らしいもので、そんなやりとりを2、3か月繰り返すと全てではありませんでしたが、いつの間にか理解できるようになっていました。

デブラとの仕事に慣れてきたころ、病理解剖後の故人を請け負いました。デブラに声をかけられエンバーミングルームへ。その日は他の仕事がなく、珍しくデブラと二人きり。この故人は1日預かれるということもあり、デブラが「今日は身体の勉強をしよう」と。その言い方にちょっとカチンとしたため「故人を前に実験でもするかのような言い方はおかしい」と言うと、「お前のためだ」と切り返され聞く耳もたないといった感じ。むしろ怒った様子。但し、気持ちが切り替われたのは次の言葉。「お前は勉強するためにここにいるんだろう!こうして実物をとうして身体の構造を知ることができるんだぞ。ましてや充分すぎるくらいの時間がある。故人を前に!…生意気なことをいうな。そんなことは分かってる。その前に手を合わせて『お願いします』とどうして思えないのか。こうした時間に感謝すべきだ。私だって、こんな時間を費やす暇があるのなら、さっさと仕事を終えて帰りたい。さあ、どうする?」と罵声を浴びせるかのような口調。しかし、熱意ある言葉に何も言い返せませんでした。悪戯な気持ちで言っているのではないと分かると、故人に対してデブラに対して「お願いします」と言っていました。

まずは解剖後に縫われた縫合をとき、胸部と腹部を開きました。するとデブラが一つひとつ臓器を手にとり説明をしてくれました。中には切開された後のものもあり、中の構造や様子を見ることが出来ました。その度に、自分にも臓器を持たせ重さや感触の感想を求められました。感想を述べると「綺麗でしょう!美しいでしょう!」と先ほどはうって変わって優しい口調。ところが失礼な言い方ですが、気持ち悪いが先だって、彼女の言う言葉にうなずけないでいました。その様子を悟られたのか、自身の手の上にある臓器を指さしながら機能の話をはじめたのです。しかも普段では信じられないくらいに丁寧に。分かりやすさと可笑しさから聴いているうちに興味が芽生え嫌な感情が飛んでいました。面白いもので一旦興味がわくと仕事のことを忘れてしまうほどに。その後も、臓器を全て取り除いたあと、動脈と静脈の違いや位置、一部の筋肉や骨などについてレクチャーが続きました。これは後にアメリカの学校で献体として実物を使った解剖のテストで役だった経験でもありました。

仕事も終盤に差し掛かった頃、デブラが突然「こうしていることが凄いと思わないか」と。「こうして会話をしたり、笑ったり、怒ったり、好きとか嫌いとかの感情があったり、奇跡だと思わないか」と言うのです。言っていることは直ぐに理解できました。それまで、そんな発想を持ったことが無かったので不思議な気分になり、特別な感情に包まれたような気がしました。要は生きていることが凄いことなんだと。以前、ブログで書いたのもデブラからの請負です。それからというもの、彼女はかけがえのない先生となりました。

彼女の他に、再び留学するまでにお世話になった方々。クレイ(アメリカ)、ダグ(カナダ)、ジェフ・チャンセラーと奥さんのケリー(カナダ)、シーラ(カナダ)、ジョージ(アメリカ)、ジル(カナダ)、ジョン(アメリカ)、スティーブン(カナダ)、ポール(カナダ)、エリン(カナダ)、グロリア(カナダ)、チャールズ(アメリカ)、リチャード(カナダ)、ミルトン(アメリカ)、ジョン・グージ(アメリカ)、ロバート(カナダ)、ランディー(アメリカ)、ドナルド(アメリカ)。

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