再びアメリカへ

一時帰国してから1年半くらいが過ぎたころ、テキサス州(Texas)のサンアントニオ(San Antonio)で全米葬儀社協会(NFDA)主催による葬儀のコンベンションがあり、当時属していた協会の方々と同行させてもらうことなりました。

サンアントニオ(San Antonio)に到着したその日に、同行されていたジェフさんから朗報。滞在していたホテルの近くにサンアントニオ・カレッジ(San Antonio College)という短大があり、そこには『Mortuary Science – モーチュアリーサイエンス(葬儀学科)』の学部があると知らされました。ジェフさん曰く「話を通しておいたから、明日入学テストを受けてこい」とのことでした。突然だったので自信はゼロ。コンベンションを楽しむはずが、初日から落ち着きませんでした。

次の日、入学テストを受けに行きました。内容はTOEFL(トーフル)と似ていて、英語(ヒヤリング・文法・読解力)と加えて数学。TOEFL以来、全て英語の用紙を前にして面喰っていました。救いだったのは、時間制限もなかったこと。とりあえず焦らず、一つひとつ丁寧に回答していきました。ところが、思いのほか語学力が向上していたことに気づきます。そして結果は合格。入学日を定め帰国しました。

帰国後はバタバタでしたが、晴れてサンアントニオ・カレッジ(San Antonio College)に入学するために再び渡米しました。

登校初日、初めての授業は葬儀学科のオリエンテーション。
教室では、期待と不安を胸に躍らせながら、一番前の席を陣取り「やるぞー!」という気持ちでいっぱいでした。緊張が高まるなか、先生らしき人が教室の中に入ってきました。それまでざわついていた教室はピタッと静かになり、挨拶がはじまりました。彼の名は「フィリップ・ゴンザレス」、メキシコ系アメリカ人の先生で、解剖学やエンバーミングの実務指導が専門でした。強面とはうらはらに、陽気で親しみやすい先生だったことから「ゴンちゃん」の愛称で、その後を過ごすことに。

彼の自己紹介が済むと、黒板に何かを書き始めました。
すると「How far You can take care of the body!」と綴ったのです。要は「ご遺体をどこまで大切に出来るか!」と記したのです。その言葉を聞いて驚きました。会社から教わったフレーズだったからです。葬儀という仕事に携わる上で、ご遺体を大切にするという考え方は万国共通なんだと認識した瞬間でした。

それから、話の途中に教室の隣りにあるラボ(Lab)へ生徒たちを招き入れました。ステンレス製の6つの箱がありました。すると、その中の一つのふたをあけ、レバーのようなものをギリギリと回し始めました。ホルマリンの臭いだと思うと、なんと中から浮かび上がってきたのは、献体されたご遺体でした。しかも、授業のために全身切り刻まれたご遺体です。目を背けたくなる様子に、その場にいたほとんどの生徒が悲鳴をあげました。中にはラボを出ていく者もいたくらいです。声すらあげなかったものの、内心「スゲーものみちまった」と顔をゆがめました。そんな生徒たちの様子をみて、先生は平然とした顔つきで「これからお前たちが向き合う仕事だ」と。そして、教室にもどりお開き。突然とった先生の行動に抗議する者さえいましたが、慣れているのでしょう、「get out」と一言。そのくらい厳しくしないとやっていけいない仕事でもあるので、生徒たちへの儀式だったのでしょう。

とにもかくにも、登校初日はかけがいのない日となりました。ちなみに、翌日教室に来た生徒は初日の半分くらいに。私にとっては、少人数制で違う意味で助けられたかもしれません。

そして、約2年半、充実した学生生活を過ごします。この続きはまた後ほど…..。

 

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