客人として – Coming as guest – 伊達政宗

伊達政宗(1567年9月5日~1636年6月27日)といえば陸奥仙台藩の初代藩主。幼少時に天然痘により右目を失明し後世独眼竜と呼ばれます。戦国時代、東北地方に全国的にも屈指の領国規模を築いた有名な戦国武将でもあります。

名言と呼ばれるいくつかの中には「我は客人」「この世に客にきた」「元来客の身に成れば」などといった表現があります。

人がこの世へ生まれて百万長者も、最後に及んで要する所は、方六尺の穴一つ、戒名を刻んだ石碑一つで、家も、倉も、金も、地所も、妻も、子も、すべてを残して、死出の旅路をただ一人辿る。曾(かつ)て我が者と思ったもの、一として我に伴うはない。我は客人であったのである。

気長く心穏やかにして、よろずに倹約を用い金銀を備ふべし。倹約の仕方は不自由なるを忍ぶにあり、この世に客に来たと思へば何の苦しみもなし。

朝夕の食事はうまからずとも褒めて食ふべし。元来客の身に成れば好き嫌ひは申されまじ。

1987年にNHK大河ドラマで放映された時、当時18歳だったとはいえ、とても印象的な言葉として耳に残っていました。なぜならば、今生とあの世の仕組み、魂と肉体の関係を知っていたかのような言葉だからです。常に死と隣り合わせにいた戦国時代だから得られた発想なのか。または、経験や年齢を重ね戦国武将として生きながらえていたことへの感謝と謙虚さなのか。それとも、この時代では当たり前の考え方だったのか…、想像は尽きません。

余談ですが、こちらも印象的な言葉・・・

仁に過ぐれば弱くなる(仁愛ばかりを重んじれば自分が弱くなる)
義に過ぐれば固くなる(義理に縛られれば動きも考えも固くなる)
礼に過ぐれば諂(へつらい)となる(礼儀も過ぎてしまえば相手にへつらっている様に見えてしまう)
智に過ぐれば嘘を吐く(知恵が増えれば嘘をつくようになる)
信に過ぐれば損をする(信じすぎれば損をする)

人が常に守るべき五つの項目、五徳『仁・義・礼・智・信』として武道の根本となっている教えです。伊達政宗は独自の角度からこの五徳を説き、彼自身の経験を踏まえて表現しています。文武に秀でた才能が伺えます。

今の世は戦国時代とは比べようがないほど平和な時代ですが、現代においても伊達政宗の考え方は生き続けます。

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