終の棲家 – End of the habitat –

“終の棲家”を“安住の棲家”へ

最近、自分が元気なうちに生前葬や葬儀の事前準備をしておこうと考える人が増えてきました。それに伴い、骨壷をはじめ葬儀に関わる道具にこだわることで“自分らしさ”を表現し、生きた証を遺したいと考える人も増えてきました。その一方で生前に骨壷を用意することを、「縁起が悪い」とか「遺族や葬儀屋さんが用意するもの」と考える人が多いのも現実です。
今回は、“骨壷”にスポットを当て歴史を振り返りながら、改めて骨壷について考えてみたいと思います。

骨壷と時代の流れ

日本人と骨壷のかかわりは、いつから始まったのでしょうか?
骨壷の歴史は古く、弥生時代の甕棺(かめかん)から始まり、時代と共に変化をしながら現在に至ります。甕棺とは九州地方(吉野ヶ里遺跡など)で死者を葬送するために使われた、大型の土器のことです。人は死後、自然に帰るという考え方から、一つひとつ丁寧に作られていました。

弥生時代以降、平安時代まで土器で壷型のものが多く発見されています。また金属製の骨壷もあり、それには墓誌銘文が記されているものも見つかっています。途中、奈良時代からは同じ壷型でも、つまみのついた平らな蓋が被せられ、遺骨と共に貨幣や砂を入れたものが見つかっています。と同時に唐三彩の流れを汲んだ三彩(中国陶器の模倣の典型)も発見されています。唐三彩とは、中国の唐時代である7世紀から8世紀に焼成された鉛釉陶器のことです。これは、鉛釉をかけたうえに、酸化銅、酸化鉄、酸化コバルトなどをかけ分けることにより、緑、褐色、藍色などの発色を得る色彩豊かな陶器です。白、緑、褐の三色のものが多いようですが、藍色が加わった4色のものや2色のものなども含め唐三彩と称されています。

さらに鎌倉時代に入ると、中国からきた青磁や青白磁の壷が骨壷として使われるようになりました。そうした意味で骨壷は、その時代の最先端技術を反映しているといえるでしょう。どれも高価なもので、一般庶民が「骨壷に入ってあの世へ...」と言うわけにはいかなかったようです。

では、いつ頃から一般的になったのでしょうか?
同じく鎌倉時代、全国各地に窯場ができ、地域性のある陶器が作られるようになり、それが日常雑器として使われるようになりました。そして骨壷も使われるようになったと考えられています。
現代、日本の骨壷のほとんどが陶磁器製ですが、白一色だけでなく経文が刻まれたり花柄などの模様があしらわれたりと、種類が豊富です。更には有名陶芸家によるものや台湾製の大理石でできたものまであります。

遺骨に対する思い

遺骨に対する信仰はどこからきているのでしょうか?
第二次世界大戦後、70年以上経った今でも行われている遺骨収集をみても、遺族にとっていかに遺骨が大切なものであるかわかります。これは、仏教の教えのほかに、日本人が肉親の遺骨に対する畏敬の念を抱いているからかもしれません。古くから火葬された遺骨を大事に壷へ納め、故人の象徴として祀っていたことでも分かります。

伝説では、釈迦の遺骨の分配をめぐって8つの国が争ったと言われています。それほど昔から遺骨は大切なものとされてきました。そのうちの一つの国であるタイ国より日本の仏教徒に分与され、現在名古屋の覚王山日泰寺に納められています。その際、遺骨を納めていた骨壷の影響で、日本でも遺骨を美しい器に入れておくという考え方が生まれたようです。

余談ですが、最近まで洗骨が行われていた地域があります。そこでは遺骨に肉が付着している間死者は成仏しておらず、肉が完全に乾燥し骨だけになったとき初めて骨の主の魂が浄化されると考えられていました。そうした状態になってから、海や山の水で遺骨を洗い、壷に納め祀り直されました。

現代の骨壷事情

現在、様々な材質やデザインの骨壷が増えてきましたが、サイズにも5寸、6寸、7寸と色々あります。大きく分けると東日本では全部拾骨、西日本では一部拾骨というふうに、火葬した遺骨を納める量の違いが骨壷の大きさの違いとなっています。
また、分骨用の壷は全国的に同じサイズで、2寸から3寸までの間となります。

ところで、生前に骨壷を用意することを「縁起が悪い」という人がいます。しかし、明治以前のわが国では各地で“終の棲家”を作っておく習慣が多く見られました。また、今でも子供が生まれると「その子の骨壷」をつくり、長寿を祈るめでたい習慣を持つ地方も残っています。むしろ「縁起が良い」とされているのです。

ここ最近、骨壷に関する本が多くみられるようになり、「高齢者のための骨壷教室」なる陶芸教室も開かれたりしているようです。骨壷教室には予想をはるかに超える応募者があったことで、その関心の深さを知ることが出来ます。また、人間だけでなくペットも家族同様大事な存在になってきた昨今、ペット用の骨壷も開発・販売をされるようになってきました。骨壷はもはや、人間だけのものではない時代がやってきたのかもしれません。
だからこそ骨壷を人任せでなく、自分自身の“終の棲家”として考えることで、必ずやって来る「死」を真正面から見つめ受け入れていけるのかもしれません。そう考えることは、残りの人生を悔いなく一生懸命楽しむことが出来るのではないでしょうか。
人生のクライマックスを迎えるとき、それにふさわしい“終の棲家”すなわち“安住の棲家”を探してみるのも素敵なことだと思いませんか?

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